大判例

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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)614号・昭26年(ネ)125号 判決

控訴(附帯被控訴)代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴(附帯控訴)代理人は、控訴棄却の判決並に附帯控訴として「原判決中被控訴人(附帯控訴人)敗訴の部分を取り消す。控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人に対し昭和二十二年七月十日以降本件室使用開始に至るまで一ケ月金五千円の割合による金員を支払うべし。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は、被控訴代理人において「控訴人は本件家屋建築に際し、当初道路から向つて玄関右側に四畳半間を設けることを設計していたが、被控訴人に対してはそれを六畳間に拡張し完成の上無償で使用せしめることを約したに拘らず、敢て六畳間とせずにそのまま四畳半間として竣工せしめたので、本訴においてはその四畳半間の明渡を求めるものである。」と述べ、控訴代理人において「(一)控訴人は被控訴人に対し控訴人罹災跡の宅地を貸与若しくは使用せしめた事実はない。原判決四枚目表六行目より七行目に、『被告カ前宅地ニ家ヲ建設スル迄一時同地ヲ原告ニ使用セシム』とあるのは誤りであつて、控訴人は訴外時田ぬい名義を以て右地上に簡易住宅一棟を建設し被控訴人に無償で居住せしめていたに過ぎないのである。(二)当審においては本件契約が強迫に基く意思表示であるとの抗弁は主張しない。」と述べた外、原判決事実摘示と同一につき、これを引用する。

<立証省略>

三、理  由

本件紛争の経過につき按ずるに、成立に争のない甲第一、二号証、乙第一号証の一、二、第二号証の一、第三号証、原審証人時田喜好の証言により真正に成立したと認める甲第九号証、当審証人鈴木寅雄の証言により成立を認めうる乙第二号証の二、第四号証、当審証人岡本市郎平の証言により成立を認めうる同第五、六、七号証、原審証人望月貢穗、中村芳雄、時田喜好、後藤信一郎、山本立太郎、当審証人鈴木寅雄、岡本市郎平、杉本正衛、時田ぬい、篠原米作、時田五作、白井調、原審並に当審証人田畑(若林こと)全弘の各証言及び当審における控訴本人、被控訴本人各尋問の結果(以上いずれも第一、二回、但し被控訴本人の供述は後記認定に反する部分を除く)並に検証の結果等を綜合して考察すると、次の事実を認めることができる。

控訴人は約二十年前より沼津駅前なる同市大手町四十五番地の一宅地五十五坪(当初の借地は約六十五坪)を所有者岡本市郎平より期間を定めず賃借権の譲渡転貸を禁ずる特約の下に賃借し、地上に木造瓦葺二階建物一棟を建設し、時田旅館の名を以て旅館業を経営して来たところ、昭和二十年七月十七日敵の空襲により家屋一切を焼失したので、一家を挙げて山梨県下に疎開した。被控訴人はこれより先同年三月九日東京で罹災するや、従姉弟に当る時田ぬいの夫である控訴人を頼つて一旦沼津市に避難し(この事は当事者間に争がない)、その後各所を転々として間借生活をしていたが、同年十二月同市我入道の仮寓先において被控訴人に面会し、当時未だ焼跡のまま放置されていた時田旅館の敷地を借用して此処にバラツクを建てて居住したき旨頼み入れた。控訴人は将来いずれは時田旅館を再建する考であつたが、直ちにこれに着手する心算もなかつたので、親戚としての情誼上被控訴人の右申入を応諾し、控訴人において旅館建築を開始する為め本件土地を必要とする場合には被控訴人は無条件で立ち退き土地を明け渡すべき約の下に、既に妻時田ぬい名義を以て沼津市役所より分譲割当を受けていたルーフイング葺簡易住宅一戸(建坪六坪二合五勺、この代金三千余円で、三寸角柱を用い天井もない極めて応急的な建物)を同所に建設してこれに居住することを許し、本件土地を無償で一時使用せしめることとしたのである。かくて昭和二十一年二月末頃時田ぬい名義の右簡易住宅一戸が本件地上に建設されたところ、被控訴人は控訴人の許諾なくして更に同種の簡易住宅一戸をこれに接続して建設し、右二戸を連結してこれを住宅兼荷物預り並に飲食店の店舗として使用するに至つた。このように被控訴人が本件土地を使用しうるに至つたのは全く控訴人の好意に出たものであつて、控訴人は被控訴人より嘗て土地使用の対価若しくは謝礼の如きものを受取つたことなく、地主に対する賃料の支払は終始控訴人においてこれを一切負担していたのである(被控訴人はその頃地主岡本市郎平の許に本件土地を直接被控訴人に賃貸されたき旨申出たが、控訴人との賃貸借が継続している以上同人以外の者のかかる申入には応じ難いとて拒絶された。当審証人岡本市郎平の証言参照)。然るところ控訴人は同年十一月頃本件土地に旅館を再建することを計画して建築許可を受け、同年十二月十四日建築請負業者訴外鈴木寅雄との間に工費十四万八千八百円として木造瓦葺二階建延坪四十二坪の時田旅館新築工事請負契約を締結し、被控訴人に対し仮設建物の移転を要求したのであるが、被控訴人は移転先がないとの理由でこれを拒絶した。そこで控訴人は被控訴人の移転先を物色し漸く沼津市白銀町に貸地を発見して被控訴人に通じたが、被控訴人はこれを不要であるとて拒否した上、控訴人に対し東京へ帰る為め十万円の移転料を出金せよと申向けたが、これはいわれのない法外な金額の要求であるので、控訴人の容れるところとならず、その話は不調に終つた。これが為め旅館新築工事は周辺の基礎工事並に材木の切込等を始めたままでそれ以上進捗することができないので、控訴人は請負人からは頻りに仮設建物移転の手配方を督促される一方、当時諸物価賃金は日々に昂騰し、工事が遅れれば遅れるだけ工費は嵩むばかりであつたから、被控訴人の明渡拒否の為め控訴人は全く当面の処置に窮し、徒に焦慮を重ねるのみであつた。かように控訴人が工事停頓の為め折柄、昭和二十二年三月十五日頃被控訴人の意を承けた訴外芝田昌佶、越水松吉等より控訴人に対し新築する時田旅館の表道路に面する階下四畳半一室を落成のときより昭和二十三年十二月末日迄無償で使用せしめる条件を以て被控訴人の建設した簡易住宅一戸を取り毀し、他の一戸を後方空地に移転させる旨の妥協案を提示し、右妥協案を廻つて控訴人と被控訴人との間に接衝が為された結果、同月十八日頃甲第一号証の契約書に双方調印するに至つた。而してこれによれば、控訴人は被控訴人の居住する建物の後半部を控訴人の費用を以て本件土地の最北側に建坪九坪位として移転し、被控訴人の営業を継続しうるように改築すべく、右移転が終つたときは残部を徹去すること、控訴人は新築の旅館用建物のうち東側道路に面する階下玄関脇の北側六畳一室に被控訴人の指示するとおりの造作設備を為した上、これを店舗として期間を定めず被控訴人に無償使用せしめること等を契約したのである(この契約条項は期間の点を除いては当事者間に争がない)。被控訴人は右室使用の期間を定めずとあるのは即ち永久的の意味であるとか、或は少くとも十年以上半永久的の期間を定めたものであるとか主張するけれども、かかる主張に添う趣旨の被控訴本人の供述並に各証人の証言はいずれも措信し難い。被控訴人は甲第一号証の調印に先立ち控訴人の弟時田五作より金一万円の移転料を受領した事実はあつたが、兎も角も甲第一号証の書面に当事者双方が調印したので、控訴人は工事費を支出して前記建物のうち時田ぬい名義の六坪余の部分を約九坪として後方に移転する工事を完了し、残部は被控訴人において他に売却処分したので、昭和二十二年五月中漸く旅館新築工事再開の運びとなり、同年八月工事終了して同年秋より旅館営業を開始するに至つた。然るところ、控訴人は工事遅延の為に工事費用が当初の予定額を遥に超過し約三、四十万円を要したことと、係争の四畳半室が階下玄関脇に位し、本来旅館の帳場に充てらるべき営業上重要不可欠な個所であつて、これを被控訴人に無償使用せしめることを事実上至難とした為め、建物竣工と共に甲第一号証の契約を履行し難い旨表明し、遂に本件訴訟の提起を見るに至つた次第である「ちなみに被控訴人は本訴係属中残存簡易住宅を昭和二十三年七月朝鮮人某に代金十二万円を以て売却してしまつた」。

本件契約成立の前後の事情並に紛争の経緯は以上認定のとおりであつて、この認定に反する原審証人越水松吉(第一、二回)、芝田昌佶、白井芳雄、原審並に当審証人芝田実子の各証言及び当審における被控訴本人尋問の結果は措信するに足らず、被控訴人その余の立証によるも右認定を左右することはできない。そこで右認定の事実によれば、被控訴人が控訴人の罹災焼跡に控訴人の妻時田ぬい名義を以て応急的簡易住宅を建設してこれに居住し、該跡地を一時無償で使用することを許されたのは、親戚たる控訴人の情誼と同情に基くものであつて、控訴人が罹災前永年継続した旅館業を再開する為め建築に着手する際には被控訴人は直ちに無条件で本件土地を明け渡すべき約旨であり、従つて控訴人に対し明渡につき何等の対価を要求する権利を有するものでないに拘らず、被控訴人は前示の如く旅館建築工事施行の為め右明渡を求められるや、約旨に違反して容易にこれに応ぜず、控訴人が工事遅延の為め多大の損失を受くべきことを憂慮して、その処置に困惑している状況に乗じ、多額の立退料を要求し、次で控訴人の旅館経営上重要不可欠な帳場に充つべき玄関脇一室の無償提供を迫り、これを応諾するも事実上営業に甚大な支障を与えるに非ざればその実行を困難とする事項を約束するの止むなきに至らしめたことが明かである。

思うに義務者が当然に果すべき自己の義務の履行を怠り、因つて相手方をして履行遅延による多額の損失を免れんとしてこれが解決に焦慮せしめ、然る上相手方に対しいわれなき履行の対価を要求し、その営業上甚大な不利益を来すべき苛酷な条項の甘受を強いるが如きことは健全なる社会の道義観念に著しく背反するものであつて、かかる状況の下に成立した約定は正に民法第九十条に照し法律上無効であると断ずるのが相当である。仮にこれを一応有効と解釈するも、本件室無償供与の約定は、建物の建築前の契約であるから、期間を定めさる使用貸借の予約にすぎぬものというべきところ、本来使用貸借なるものは通常貸主の好意若しくは恩恵に基くものであつて、借主は対価を支払わずして専らその恩恵に依存する関係上、民法第五百九十七条第三項において、返還期を定めざる使用貸借にあつては何時借用物の返還を為すべきかは一に貸主の意思にかからしめ、貸主は何時でもこれが返還を請求することができ、右請求と共に使用貸借契約は終了するに至るものと定めた趣旨に徴すれば、期間を定めさる使用貸借の予約において貸主たるべき者に予約の実行を困難とする事情があるときは、殊更ら一旦目的物を相手方に引渡した後改めてこれが返還を請求するが如き無用煩瑣の手数を経るまでもなく、使用貸借成立前直ちに右予約を解除してこれが履行を拒否することができるものと解するのが相当である。而して本件において控訴人は前記建物完成後直ちに被控訴人に対し係争の一室の無償使用を拒否することを表明したのであるから、使用貸借の予約はこれによつて終了し、被控訴人は最早該室の引渡を求め得ざるに至つたものといわざるを得ない。

然らば前掲甲第一号証による室無償使用に関する契約が有効に成立し、若しくは存続することを前提とする被控訴人の本訴請求は凡て失当としてこれを排斥すべきである。原審が該契約を賃貸借類似の有償契約と認定し、これに基き控訴人に室明渡を命じたのは不当であつて原判決は到底取消を免れない。よつて本件控訴は理由あるも、附帯控訴はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 岡崎隆 奥野利一)

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